Topics2012
Joy of Chamber Music Series Vol.5(2012.1.12-13)
主催:カワイ音楽振興会
Jom生 青木ゆりさんから、Joy of Chamber Musicの感想(レポート)が寄せられましたのでご紹介します。
1月12日、13日に渡って、カワイ表参道コンサートサロン『パウゼ』にて、『Joy of Chamber Music Series Vol.5』が催されました。ピアニスト田崎悦子先生の監修によるこのシリーズ、今回は、5回記念ということで、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団主席打楽器奏者のローランド・アルトマン氏をスペシャル・ゲスト・アーティストとしてお招きし、ヤング・アーティストとしては、打楽器奏者の小川研一郎さんと大場章裕さん、そしてピアニストの渡辺愛さんをお迎えしました。
今回のメインディッシュとも言える、バルトークの《2台のピアノと打楽器のためのソナタ》は、田崎先生とアルトマン氏が何十年も前から共演を約束していた作品。その長年の願いが実現される場にいられるというのは、私にとってはこの上なく光栄なことでした。
私は12日の公開リハーサルにはどうしても行けず、13日の公開ゲネプロと本番だけ聴くことができました。
所用のため少し遅れてゲネプロに到着し、最初に会場に足を踏み入れた瞬間から、舞台いっぱいに並んだ打楽器と2台のピアノという光景、そして未だかつて触れたことのないような新鮮な響きに圧倒されました。
今回のお客さんの中に、打楽器とピアノのアンサンブルを初めて耳にした方も多かったのではないでしょうか。私もほぼ初めてでしたが、ひとつひとつの打楽器がこんなにも「声」を持ち、「言葉」を持ち、こんなにも喋ることができるなんて!と驚きを隠せませんでした。そしてまたそれがピアノと対話をしたときに、こんなにも豊かな音世界が拓けるなんて…。ゲネプロは、感嘆と感動の連続でした。
夜の本番は正に夢のような時間でした。
シューベルトの《幻想曲》は、本来は四手連弾、つまり1台のピアノで演奏されるために書かれたものですが、今回は「オーケストラのような」立体的な響きを求めて、2台のピアノで演奏されました。その2台のピアノは舞台の両端に置かれましたが、その距離を乗り越えて、むしろその距離があるからこその、信じられないほどの親密さと繊細さをもって、シューベルトが奏でられていました。この曲に潜んでいる痛みや脆さ、隠れた深い傷をそっと照らし、それに寄り添い、またそれを慈しむような、忘れがたい演奏でした。
そして打楽器の登場。アルトマン氏編曲の、バルトークと同じ打楽器編成と2台のピアノによる、今日ここでしか聴くことのできないラヴェルの《ボレロ》。照明にも工夫があり、親しみのある旋律と共に、この日活躍する楽器たちが分かりやすく紹介されていきました。
続いて、ラヴェルの《スペイン狂詩曲》より、《フェリア》(祭り)が同じ編成で演奏されました。ここではとにかく、田崎先生、アルトマン氏、それぞれのアーティストたちが、この《フェリア》の凄まじい流れや勢い、爆発、狂乱とも言えるほどの喜びを全身全霊で共有している姿が印象的でした。ただ音を縦に合わせるのではない、理屈ではない「アンサンブル」がそこにありました。これぞJoy of Chamber Music!
このラヴェルの2曲では、会場にいた全員が音楽の純粋な楽しさや興奮に心を躍らせていたのではないかと思います。
そして最後のバルトーク《2台のピアノと打楽器のためのソナタ》。田崎先生とアルトマン氏の長年の約束が果たされた瞬間でした。
打楽器は、ヴァイオリンや歌のように、悲痛な叫びをメロディーに乗せられるわけではないし、巧みな和声で幸福感を表現できるわけでもない。それなのに、このバルトークを聴いている間、心の深い深いところで悲しみや喜びが揺り起こされるような感覚がありました。うまく言葉にならない上、個人的なことですが、ここにあったJoy of Musicは、私にとってはかなり新鮮なもので、この日、私の知らなかった音楽の豊かさを山ほど教えてもらったような気がしました。
バルトークの傑作中の傑作と、それに心から寄り添っていた田崎先生やアルトマン氏はじめアーティストの皆さんの情熱に、ひたすら圧倒された時間でした。
この室内楽シリーズは第一回目からすべて聴かせていただいていますが、毎回、ここで行われるアンサンブルのすばらしさに驚きます。私も普段誰かと一緒に演奏することはありますが、田崎先生とゲスト・アーティストの方々は、私などとはまったく違う次元で、本当に「音楽そのもの」を共有しておられます。相手の音楽を、自らの体に流れる血に取り込んだかのような、同じひとつの心臓で鼓動しているような、相手の心を包み込み、また自らの心も相手に包み込ませているような、田崎先生が日頃からおっしゃるように、「心」そして「体」を開くような…。でもそれは、お互いが違う存在であり、違う心と体を持っているからこそできることです。
この『パウゼ』というすばらしいサロンで、人と人とのあいだに生まれるJoy of Music。その喜びに、これからもかじりついていきたい、と改めて思った一夜でした。
青木ゆり