朝日新聞1997年4月24日

田崎悦子ピアノリサイタル

魅惑の着想 細心かつ大胆

その晩年にベートーヴェン、シューベルト、ブラームスは味わい深いピアノ曲を書いたが、それらを3回に分け、1回ひとり1曲ずつ弾くというのが田崎悦子のプラン。中堅の実力派らしい魅力ある着想で、その第1夜もそれにふさわしい、充実したものになった(22 日 上野の東京文化会館小ホール)。

彼女の音はよく吟味されて質感を帯び、充実して美しい。運びは周到で、細心にしてときに大胆。そして全体に音楽の内なる核心に迫ろうという意欲がにじむ。プログラムには音楽を求めて模索したここ十年を振り返る文章が載っていたが。演奏家の筆になるものとしては出色の小エッセーで、おのずと演奏の中身に見合う誠実な性格を見せていた。

ブラームスの「3つの間奏曲」は、冷気をたたえた音色で豊かな重量感のうちに弾き進み、そこに深々とした情感の呼吸を通わせて、老年の孤独と諦(あきら)めをにじませ、ブラームス晩年の心境に共感し、ひいてはうらやむ気持ちに誘う力があった。ベートーヴェンのソナタ・作品109 では第3楽章がいい。主題を滋味ふかく提示したあと、各変奏をその性格に寄り添って弾きこみ、とくに大詰めの第6変奏では長いトリルの上に高音域で歌われる主題をくっきり際立たせ、熱く息詰まる高潮に達していた。

ただ、第1、第2楽章が少し弾き急いだ感があり、音楽が十分に解放されなかったのは、ブラームスの第3曲と調性の上でスムーズにつながっていただけに惜しい。

とはいえ、これを帳消しにして余りあったのがシューベルトのソナタ・ハ短調(遺作)。ベートーヴェンにならおうとして自分の資質と衝突を起こし、まとめにくいこの大曲に、田崎は説得力ある太い道を通し、全曲、気迫こもるシューベルトとした。なかでも第4楽章は乗りに乗った快演。飛びはねる第1主題に託した躍動感、ギャロップふうの第2主題にこめたマジカルなリズムの魅力はぞくぞくするほどで、音楽はパワーとスピードのなかで激しく燃え上がり、3曲にわたる静から動への推移に大きなピリオドを打った。そして礼奏、即興曲・変ト長調でシューベルト本来の超越的リリシズムで耳なおし?をしたのもよかった。

中河原理(音楽評論家) 

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